足立区南花畑榎戸町会の歩み
明治時代の足立区は東京府南足立郡と言う地名であった。
この南足立郡は現在の足立区から埼玉県鴻巣市に至るまでの広範囲に渡る地域でした。
昭和7年(1932年)東京市との併合が行われ、南足立郡は東京市足立区となり、東京の一部になりました。
即ち、昭和7年10月1日≪足立区が誕生≫した年でした。
昭和18年東京市が都政施行により東京都となり今の東京都足立区となりました。
足立の地名は奈良時代(735年頃)に武蔵国足立郡と発し「足立」は「阿太知」とその語源が記されている。
東京市の市域拡張による足立区の設置に花又村の大字地域はそれぞれ町となり、江戸時代からの内匠新田地域は内匠本町と内匠町、そしてかっての花又村は全て花畑町となりました。(昭和53年[1978年]住居表示は南花畑となる)
天保9年(1938年)頃には花又村榎戸と言う地名は存在し内匠新田の小名(大字・字・小字に相当)であったと記されている。
明治13年(1880年)頃綾瀬川に架かる内匠橋周辺の内匠新田、花又村には(現在の花畑車庫~内匠橋両岸~現在の浮花橋の先まで)商店が多く有り大変賑わっていたと言われています。(昭和15年頃の地図参照)
そして足立区誕生から半年後、昭和8年(1933年)4月1日に榎戸町会が発足致しました。
住んで良かった この町に
入って良かった 榎戸町会
このスローガンの基、伝統ある榎戸町会を楽しく、すばらしい集いにいたしたく役員一同頑張ってまいります。
平成25年には創設80周年を迎え、又老人部寿会も25周年を迎えます。
何かの周年行事をと思っております。
今後も皆様と一緒に歩む榎戸町会を宜しくご指導、ご鞭撻を、並びにご入会ご参加をお願い申し上げます。
榎戸町会役員一同
榎戸町会会長 小 宮 俊一郎